理想と現実のコントロール「理想を落とす」

理想と現実のコントロール「理想を落とす」

前の記事 まずこれを理解してほしい、「ストレスの原因」

これも結構単純で、「理想を下げるか、現実を上げるか、両方するか」という結論になります。

まずやるべきことは、自分はどんな理想を持っていて、どんな時に「感情が揺れ動く」のか。そんなところです。自己分析とでもいいましょうか。

そしてメンタルを安定させるために、まずやっていただきたいことは、「理想を落とす」こと。これは誰にでもできると思います。たいして努力は必要ありません。思考を転換するだけですのでね。

収入と人間関係について、例えバナシで説明していきます(^^)

理想を落とす

例えばですけど、「介護職の給料」

介護の仕事は一般的に「給料のワリには仕事がきつい」なんて言われています。違う言い方だと「介護職は底辺」「3K・4K」。そんな言葉に苦しんでいる介護職の方は結構多い。

でも私の頭の中では「絶対なくならないし、全国どこでも働けるし、ちょっと収入低いけど超安定している良い仕事」という認識。

「低いけど安定している」

を「給料安くてやってられないわ~」「もっと給料上げろ~」と思うか。

「働く場所があって、困らない程度にお給料もらえて、贅沢しなければ貯金もできるし、じゅうぶん幸せなことだよね」と思うか。

考え方としたらどっちが良いですか?個人の受け取り方の問題になりますよね。

どうしてもですね、自分の周りにいる人の「良い部分」というところと、自分の「悪い部分」というのをね、比べガチになるんですけどね。良い部分だけ切り取って自分の理想や期待にしてしまう。そんな感じで「幸せ」のハードルを知らず知らずに上げてしまうんですよね。

収入に関しては「上」を見ればキリがありません。人と比べること自体、私は「意味のないもの」と思っております。「今から頑張る」ためのモチベーションにするのは良いですけどね。

我々は食物連鎖の頂点にいて、文明も享受している。命の危険を感じるわけでもない、住む場所もある、そして安定した仕事がある。十分幸せなことだと思うワタシです。もちろん、自己実現もしていきたいですけどね。

今のご高齢の方が若い頃の時代を考えてみてください。戦時中や戦後はそれこそ衣食住が満たされていない時代。今は収入が少ないと言っても、衣食住まで奪われることはない。

休みもですね、週休2日もあります。昭和の時代は週休1日でしたよね。今の時代は恵まれているんですよ、だいぶ。

かといって、「今より良い待遇で働きたい」「自分が望む生活をしたい」という欲求はあっていいと思うんですよね。でも大事なのは「その欲求を達成するために、努力する」ことなワケです。後半で詳しくお話しますけどね。

でも、色々不満や悩みを抱え、メンタルが揺れていると前を向いて努力することも難しいんです。

そんな私は「五体満足で働けているだけ幸せ」という幸せレベルと、「自分の思うように仕事をして、収入も少し上げたい、余暇を楽しみたい」という理想レベルがありまして。

私は2段階理想と呼んでおります。ひとことで言うと、

「現状を受け入れて、メンタルを保ちながら努力をする」

といった感じです。人それぞれですけどね。介護職、という仕事に大満足、という方もいらっしゃいますし。私は介護職に大満足、でももう少し自分の可能性を追ってみたい、という感じ。

そういう私も若い頃は冒頭で話したような「なんでもっと給料がもらえないのか」と不満を抱えていた人間です。でもある時に「いや、全然恵まれている職業ではないか」と思うようになりました。そこから前向き思考が加速(笑)。

今では、2回目ですけど(笑)「絶対なくならないし、全国どこでも働けるし、ちょっと収入低いけど超安定している仕事」の介護職を選んで正解だった、と思っております。

そして「五体満足で働ける、働ける場所がある、明日食べるものに困らない」と考えており、特に不満は感じておりません。そして心の揺れもありませんし、自分のことに集中をして、「努力」ができる状況になりました。

今は仕事がある日もない日も、毎日5時に起き、エアロバイクを40分~50分、本や参考書を読みながら漕いでおります。健康にも良し、頭にも良し、一石二鳥(笑)。

メンタルが揺れている頃はできなかったことなんですよ。運動も勉強も「しないといけない」とは思っててもですね。

「安定した仕事」に満足をして、将来のために努力をする。努力は報われると思います。

ここまでのポイント
  • 理想と現実に差がある時、心が揺れ動く(喜怒哀楽)。
  • メンタルを安定させるために、まず「理想を落とす」。
  • 介護の仕事の給料は「低いけど安定している」。これをどう受け止めるか。

例えばですけど、「介護の仕事の人間関係」

ここはちょっと長くなります。私が「介護の仕事においてメンタルを保つための最重要項目」だと思っておりますのでね、人間関係。理想を落とす、というハナシの前に、まず前提からお話しておきます。

【そもそも介護の仕事は人間関係が難しい】

まず、結論から先に言いますと、

「介護の仕事は私生活の場で行われるから、人間関係が難しくなる」

その前提を理解することが「理想を落とす」ことに繋がっていきます。人間関係が難しくなるのは当たり前のことなのだ、ということを理解していただきたいワケです。

この結論からヒモ解いていきますね。

私生活の場、反対語は社会生活の場。ちょっとわかりにくいかもしれませんので、ちょっと具体例を。

家を出て仕事に行くとしましょう。身だしなみを気を付けて、ご近所さんに会ったらニコヤカに挨拶をして、場合によっては世間話なんかをしますよね。相手に不快な思いをさせないように、気を遣って、敬語で話す。

そのまま仕事に行きます。仕事の場では、その組織のルールや一般社会人としてのマナーを意識して人と接します。

と、こんな感じで社会生活上では「一般常識」「ビジネスマナー」など、ある程度決められたものがあるんですよね。社会生活上では大体の人が「良い顔」を見せているものなんです。

では自宅にいる時はどうでしょう?みなさんにも考えていただきたいのですが、「社会生活上の自分」と「自宅にいる時の自分」は同じですか?

同じ、という人はほとんどいない。と思う(笑)。ひとこと申し上げると、私は「どこでも同じ」になるよう心がけています…、と思う(笑)。

もう少し詳しく。以下の視点で考えてみましょう。

①「仕事や近所づきあいなど自宅以外での自分」(社会生活上の自分)
②「距離が近い人と接している時の自分」(準社会生活上の自分)
③「家族生活など家の中の自分」(私生活)
④「一人でいる時の自分」(自分そのもの)

大体の人が、④に行くほど「素の自分」になっていくと思います。①と④がまるっきり違う人もいらっしゃるのではないですかね。

仕事上では超几帳面なのに、自宅ではガサツ。仕事上やご近所さん相手には超物腰が柔らかいのに、家族に対しては横柄。いつもパリッとした身だしなみだけど、家にいる時は寝ぐせボサボサ。などなど。これらはちょっと極端な例ですけど(笑)。

①の「社会生活」というのは「ビジネスマナー」や「社会生活のルール」、もう少し落とし込むと「組織のルール」という分かりやすいルールというものが存在します。そのルールに従って、色々と行動を選択していくわけです。

逆に④は自分がルール。いわゆるマイルール(その人にとっての常識・普通とでもいいましょうか)。まあ、社会生活上でもマイルールというのは存在しますけどね。でも私生活上の方が圧倒的に多くなります。

社会生活と私生活、少しわかりやすく例えバナシをしておきます。私が介護の仕事の人間関係に近いと勝手に思っている嫁姑関係(笑)。

まず、家族に自分の結婚相手を紹介する時。着飾ったり、手土産を持って行ったり、と非常に気遣いをしますよね。もちろん、会話や所作などでも「良い印象を与える」ため必死で自分を作ります(笑)。

まあ、これは何もお嫁さんに限らず、姑さんもそうですよね。まあ、作ると思います。その時点ではお互い印象が良いんですよ。作っているから(笑)。

でも私生活では別の顔がある。私生活の一部が見えたりすると、とたんに「マイルール」の違いが出てくる。一緒に生活するものなら大変(笑)。互いにマイルールを受け入れられる「器」と、違いは認めつつもお互いを「尊重」できる人達だったらいいんですけどね。

「違い」が許せないと争いに(;’∀’)。

例えば、ですけどね。「服をキレイに整理整頓する」といっても人によって「キレイに整理整頓」の基準は違うんですよ。

自分では「キレイに整理整頓」していると思っても、他者から見れば全然、なんてことありますよね。私なんかは「散乱」していなければキレイだと思っていますけどね、それが許せない人もいる。パリッとシワなくたたまないと気が済まないとか。

そういう細かい「違い」が出てくるのも私生活上ならでは、かも。

細かい部分はですね、どうやったって違いは出るんです。子供の頃から一緒に暮らしていた人同士でも違いは出てくるんですからね。親子でも、兄弟でも。

親子も兄弟も、同じ空間で過ごす時間が長ければ、似てきます。でも家族以外の人と過ごす時間が長くなると、他者の影響によって考え方の違いは出てきますよね。

なので、全く違う環境で暮らしていた人達同士の「マイルール」に違いがあるのは当たり前なんですよ。嫁姑がこじれるのも同じ関係性だと思うんですよね。

でも多くの人が、それぞれの私生活レベルでも「自分が正しい」と思いガチ、そしてマイルールを「みんなの常識」と決めつける傾向があります。

介護の仕事は入居者さんや利用者さんの「私生活」をサポートする仕事です。その私生活の場に、

入居者さん・利用者さん・その家族・職員、それぞれのマイルールが入ってきます。

私生活の場での「入居者・利用者」同士の関係。

私生活の場での「入居者・利用者」と「職員」の関係。

私生活の場での「入居者・利用者」と「家族」の関係。

私生活の場での「家族」と「職員」の関係。

私生活の場での「家族」同士の関係。

社会生活上の「職員同士」の関係。

社会生活上の「家族」と「職員」の関係

恐ろしいですねぇ。怖いですねぇ。

例を挙げてみますと、先ほど話した「服のしまい方」。

例を挙げてみますと、「ご高齢の方への接し方」。

例を挙げてみますと、「風呂の入り方」。

例を挙げてみますと、「歯ブラシの置き方、歯の磨き方」

例を挙げてみますと、「食事中に会話をするしない、テレビを見る見ない」

例を挙げてみますと、「朝起きる時間」

例を挙げてみますと、「死生観」

例を挙げてみますと……

キリがない(笑)。

そんな私生活の場でサービス提供が行われ、社会生活の場も混ざり合い、そこに多種多様な人が集まるのが介護の仕事。

ということで、この項目の冒頭でもお話したように、

「介護の仕事は人間関係が難しくなる」

ワケです。では、ここで、介護の仕事の人間関係は難しい!という具体例を、私の実体験をモトにお話しますね。とその前にちょっとおさらい。

ここまでのポイント
  • 理想と現実に差がある時、心が揺れ動く(喜怒哀楽)。
  • メンタルを安定させるために その1「理想を落とす」。
  • 介護の仕事の給料は「低いけど安定している」。これをどう受け止めるか。
  • 「介護の仕事は私生活の場で行われるので、関わる人達のマイルールがぶつかりあう。」人間関係が難しくなるのは当たり前のこと。

【実体験その1】

食事介助中のマナー事件

ある職員さんが、食事介助中に肘をつきながら介助をしていました。先輩職員はそれを見て、「食事介助中に肘はつかないで下さい。肘を付けて食事はしないでしょ?当たり前のことですよ。」と注意。

確かに食事のマナーとしては注意しないといけないところですよね。その時はですね、私も「自分も知らずにやってしまうかもしれないから、注意しよう」なんてことで終わったんですけどね。

まあ、「当たり前」とかいう言葉はあまり好きではないので、人それぞれ食習慣は違うし、次から修正すれば良いハナシで、「当たり前」まで言う必要あったかな、とは思いましたが(笑)。

数日後、その注意をした先輩職員が他の職員に対して「〇〇さん、食事介助中に肘ついて、非常識よね~」と食事介助中に、入居者さんを前にして、仕事ソッチノケで声高らかに〇〇さんの悪口を言っていました(笑)。

私的には先輩職員さんのしている行為の方があまり好きではない(笑)。ジワジワとくる光景でした。

「自分との違い」から飛躍して「非常識人」とレッテルを貼ってしまう、というのはアリガチではあるんですけどね。

まあ、この話はどっちが「常識人か」を判断するための例ではなくてですね、「人の常識なんて違うのが当たり前」を表現したくて話していることなのでね。

いいんです、いいんです、違いがあって。違いがあって、その後にどうするか、というところが大事なんですよね。

【実体験その2】

靴下の置き方事件

これは実際に私が注意を受けたことなんですけどね(笑)。

私は靴下を脱いで、再利用する場合(あまりないことですけど)、少し広げて乾燥させるようにしたいんですよ。気持ち的な問題かもしれませんが(笑)。

で、施設で働いている時にベッド臥床した入居者さんの靴下を椅子の上に広げておいたんですよね。

そしたらオツボネさんから、「きれいにたたんで置いて下さい。そんなの常識でしょ。」という注意。まあ、ご家族が来ることもありますし、整頓しておくことは必要なことではありますよね。

確かに椅子の上に広げるのは見た目が悪いと思ったので、「そうね~」と思いはしましたけどね。

ただ、靴下の置き方は人それぞれ(笑)。色々な置き方があってもいい。あとは今後どうすれば良いのか、それを統一して全員で共有すれば良いことで、「常識」を持ちだすのはちょっと違う。

「そんな常識もないの?」的にカリカリしているオツボネさん。カリカリしなくてもいいんですよ。ひとつひとつ基準を作っていけばですね。

と、こんな感じで、非常に些細な「違い」がたくさんあるんです、私生活の場って。その私生活の場に、前述した入居者さん・利用者さん・その家族・職員のマイルールが入ってくるのでこじれる。

事例を2つ話しましたけど、何が言いたいか、というと、

「常識・非常識なんて人それぞれ違うのよ」

というところ。その「違い」が受け入れられないから、人間関係に影響してしまう。

大事なのはですね、その「違い」を認めた上で、「組織として」どう対応するか、というのを決めていくことなんですけどね。その積み重ねで「組織文化」というものが出来てくる。決まったことはマニュアル化して、今後の指導内容にする。

介護の仕事で言えば、組織文化(マニュアル)の上に「入居者さん・利用者さん・その家族」のマイルールを取り入れ対応に当たる、ただし出来る範囲で、ということが必要になってきます。

その辺は「組織運営」というところまで飛躍してしまうので、ここではちょっと控えておきます。詳しくはまた別の記事で(^^)

この記事は「メンタルヘルス」というところですのでね。

ウンヌンカンヌン述べてきましたけどね、介護の仕事の人間関係において理解してほしいことは、冒頭に結論として言った

「介護の仕事は私生活の場で行われるから、人間関係が難しくなる」

からの

「人間関係が難しいのは当たり前」

これを知っているか知らないか、で雲泥の差が出る…、と思う(笑)。当たり前なんですよ、人間関係のゴチャゴチャがあるのは。

でも案外知らない人が多くてですね。「自分と同じ」を求める人。「自分の正しさ」を理解してほしい人。特に「常識・普通」といった類の言葉をよく使っている方は要注意です。

私もですね、「ん?今のあり?」とは思うんですよ。心が揺れる時もある。特に、人の扱いがぞんざいな人を見ると心が痛みます。

でも、過剰に反応をすると心が疲れてしまいますのでね。そんな時は「なんでそんな対応になっているんだろう」「どうすれば改善できるだろう」と無理やり考えるようにしています……、

と、この辺は今からまた詳しく話しますので、はい、ではここで理想と現実理論の再登場(笑)。自分の思考を転換。理想を下げる。

「他者は自分と同じ考えを持っているはずだ」
「他者は自分の言うことを聞いてくれるはずだ」
「自分の考えは正しい」
「自分は常識人」

なーんて理想は置いといて、今日からこんな思考に変えちゃいましょう。

「人によって違いがあるのは当たり前、特に私生活の場では当たり前の当たり前、他者に期待をしない」

他者に期待しすぎるから、イライラするんですよね。期待しなければイライラしません。

そして他者に「自分が正しい」ことを認めてほしい、それが愚痴や悪口といった形に現れていきます。いわゆる承認欲求というものが、人間関係に悪さをします。

「あの人こんなしてたけど、おかしいよね~」と言って自分の考えに同意を求める。立場の弱い人に「こんなことも知らないの?常識でしょ?」とマウントを取る。そんなしたところで、何も変わりません。

まあ、本当に心がきついときは、信頼できる人だけに吐き出しちゃいましょう。誰それ構わず吐き出していたら人間性疑われますんでね、この辺も今から詳しく話をしていきますけどね。

少し思考を転換すると楽になる

と、ここまで「理想を落とす」という話をしてきました。収入と人間関係について話をしてきましたけどね。なんでもそうですね。心の揺れを感じた時に、自分はどんな理想(期待・欲求)を持っているのか。

そこを観察することは非常に大事です。そんな時に、自分の理想をコントロールしてみてください。

まずは「今の現状は本当に不当で不幸せな状況なのか?」と思うこと。「仕事があって、毎日ご飯が食べられればいいじゃないの」と考える。そして人に「違い」があるのは当たり前なんだから、他者に多くを求めない。自分は自分。

この思考転換だけでも、だいぶ効果ありますよ。これ、私の実体験なので。現状に満足し、他者に求めない。思考をちょっと転換するだけです。

理想を下げる、といっても自分の理想は持っていてもいいんですよ。高い理想はあってもいんですよ。でも現実もしっかり受け止める。他者に多くを求めない。そこをね、コントロールするのです。その上で、

自分ができることをする。自分がしたいことをする。

理想と現実を比べて嘆く、不平不満を言う、というところに向かうのではなくて、理想を達成させるために前を向く、それが重要なんでですね。

私が伝えたいことはそこです。「現実を上げる」というところですね。現状を受け入れて、毎日少しずつ進む。比べる相手は他者ではなく「昨日の自分」。自分が前を向いて進んでいけば、状況は変わっていきます。

根本になる部分の話を少ししてからコミュニケーションと言いますか、人間関係改善といいますか、その類の話をしていきます。

ここまでのポイント
  • 理想と現実に差がある時、心が揺れ動く(喜怒哀楽)。
  • メンタルを安定させるために その1「理想を落とす」。
  • 介護の仕事の給料は「低いけど安定している」。これをどう受け止めるか。
  • 「介護の仕事は私生活の場で行われるので、関わる人達のマイルールがぶつかりあう。」人間関係が難しくなるのは当たり前のこと。
  • 「人によって違いがあるのは当たり前、特に私生活の場では当たり前の当たり前。他者に期待しない。」

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